ドヤコンガの心。大田ステファニー歓人がこわい。の二本立て

昨日はハイボールを飲んでTwitterでスペースをしていた。
なんか最近、どんどん自分が毒舌になってると思う。話した内容をあまり覚えてないけどいわゆる反倫理的なことを説いていたような気がする。反省してしまうけど、そのままの自分でいたい気持ちもある。俺はいったいどこに向かっているんだ。

そのスペースで大田ステファニー歓人の話をした。
最近、文学賞を取った人だ。若くてかっこよくてオラついてる感じで、文章の言葉遣いが従来の感じと違う感じでインターネット言葉ともなんとも言えない超特徴のある人だ。
けっこう知ってるような感じで書いているが実際はほとんど何も知らない。断片的に見聞きしたことで自分の中にできたイメージを書いている。
なぜ、断片的なことしか知らないかと言えば、Twitterでの文章の感じや、他の媒体で感じや、著者の本人の見た目の感じが特徴的すぎてあまりに見てられないと思ったからだ。
強烈すぎて見るのがこわい。
その上、しっかりとした文学賞を取っている。なにもかもが斬新で特徴的で文学賞を取っていてその感じを見るのがおれはしんどい。
どうしても軽蔑したくなる。文章はただのキワモノだし、文学賞もただその特徴的なことに乗っかっただけだろうと。ほとんど、読んだこともないのに、、、

しかし、こういうのって典型的な老害のこころの動きだと思う。
自分が悲しいわ。
俺は自分自身、そういった老害的なこころの動きを抑圧しようとは思わん、、というか、こころの動きは自分にはどうしようもないので、ただ受け容れるしかないかと思っているが、さすがに自分が悲しというか虚しいというか、、、
昔からそういった傾向が強かったけどほんまに器の小ささがとてつもない。

大田ステファニー歓人はいったいどのような小説世界を持っているのか、、、
ほんまにしょぼかったら安心できるけど、めっちゃすごいかもしれへん。
だとしから本当に困るから読めない。というか、存在そのものをないものとして振る舞うようにしないといけない。
こういうのって村上春樹が文壇からガン無視されたときの構造に似てるように思う。
いつか読めるぐらいのこころの余裕ができるといいな。


ドヤコンガの話。
声優の水瀬いのりがドヤコンガという名前のtwitterアカウントで同業の女性声優の誹謗中傷をしていたという説があるらしい。事実かは不明。仮説で話を進める。
ドヤコンガの誹謗中傷の内容は個人的にはけっこうひどい域に達していて書かれた側は傷ついたと思う。
なので、ドヤコンガはなにかしらの制裁を受けるべきやと思う。
それでも、ドヤコンガのこころの動きにはなにか人間らしさを感じるというか、俺はなにを投影してるのかわからんけどなにかいいなと思ってしまうところもある。

ドヤコンガは嫌いな声優を叩きまくって、好きな声優は褒めていたみたい。
嫌いな人は嫌いと好きな人は好きとみんな発信したかったんかなと想像する。
仮の姿でその想いを吐いてなんとか自分自身のバランスを保っていたんじゃないかなと思う。

誰しもがこころにドヤコンガがいると思う。ドヤコンガするかしないかのその人自身の運の巡りやろう。
ドヤコンガのことは笑えない。というかほとんどの人は、、、俺含めてこのニュースで笑ったと思うけど、笑うってどういうことなんやろうか?なにかをかき消すかのように笑ってるんじゃないやろうか?考えると怖い。


YouTubeの動画をどんどん非公開にしたい気持ちが強くなってる。
羊男のやつ以外は全部だめに見える。てか、だめやろ。

昨日、酒を飲んだせいか今日は体力が切れるのが早い。
しかし、このごろのブログは冗長なんで、、、、これもそうかもやけど、、もっと短いほうがきっと面白いやろな。

冒頭の文章は言葉を反復をあえて整理せずにそのままにしてみた。
カフカの影響でちょっと稚拙な感じに憧れてる。少なくとも句読点のバランスがよかったり、なにかと整理されすぎてる文章ってださいと思う。