あったことを記述していこうと思う、その後に感想を書くというふうにしていきたい。
ただ書いてみてどうなるかはわからない。
約束の時間よりかなり早くに待ち合わせ場所で待機していた。だいたいの場所を母にラインで伝えた。
約束の時間に母がきた。見た瞬間にわかった。こちらに近づいてくる。俺はどこかを見ていた。
母が俺のほうをじろじろ見る。俺は何も反応しない。母は人違いと思ったらしく他の席に俺らしき人がいるか探す。
そこで俺が「母さん」と声をかけ、俺の名前を問われるように言われうなずき母は席についた。
母は美容室で髪をセットしてきているようだった。
俺は泣きそうで必死に耐えていた。長い沈黙だった。
母はずっとこちらを見ている何を考えているのかわからない眼差しだ。(このときはわからなかったが、この眼差しこそ俺にとっての最大の暴力だった。後に語る。)
俺は最低ラインだけは死守することだけを考えていた。そうして「あなたのことが嫌いで憎しみがある」と伝えた。
母はずっと黙っていた。目は無だった。いい調子なのではと思った。母が発狂せずにずっと黙っているなんてと思った。
その後、どういう流れがあったか覚えていない。ただすぐに母が語りだした。
「あんたは小さいときだったから覚えてないやろうけど、父さんとあんたは二人で結託して私のことをいじめていた。私はすごい孤独だった。私もつらかった。しかし、それはあんたが小さいときのことだから仕方のないこと。お父さんがやったことやから」と。
この時点でもう混乱していた。
なぜ、この場で俺が加害者のようなことを言われるのかわからなかった。わからないということすら捉えられなかった。ただ混乱だった。
「それはつまり俺が加害者だったと…」と語ろうとすれば、母が「そういう意味で言ったわけではない」と俺の言葉を遮った。
それで俺は反射的に無意識的に相手に気を使い「それは俺も加担していたけど、あくま父さんが俺をコントロールしていて、それで母さんは孤独やったんやね」と慮った。
現場では我慢して気を使っていることに気がついていない。後にわかったことだ。
もうこの時点でエッセンスが詰まっている。いったんあったことを書くのをやめて分析を書く。
まず母は謝罪もなく(後に二回軽く謝られる)言い訳をしだした。自分でも「まぁ言い訳やけど」と語っていた。それでも彼女は言い訳を語るの抑えずに語る。
自分がしたことは全て自分の責任であるという気持ちがなく、あくまで被害者であるという態度を取る。
俺は自分が無限に加害者であり、母は無限に被害者であるように感じた。
母は俺の上記のような俺に記憶のない幼少のことを語り、また祖母のトラウマも語り、自分が被害者であることを語る。
俺の幼少期も祖母のことも俺に記憶がない。俺に全く”関係のない”ことである。
その領域で語られると母の言うことが全てになる。俺はこの時点でもう萎縮した。
母はすでに涙目であった。
俺は母を意図を汲み取るようなことを言った。
この時点でもうすでに俺と母はひとつのチームになっていた。祖母と父という巨悪の被害者というチームだ。
そこに母の加害者意識は感じなかった。
母は俺の話をしているとき怖いほど冷静だった。なにも無いようだった。母のトラウマの話になると涙目になっていた。
母のつらかった話に祖母に「あんたはかわいそうやな」と無関係な人みたいに言われたことだと語っていた。
まったく同様に母からもその態度を感じていた。加害者の罪の意識や責任感というのを感じなかった。
あなたも似ていますよとやんわり伝えると「それだけは言ってほしくなかったな…」と語っていた。
虐待加害者である母はどういうポジションで俺の前に居るのだろうと今では思うが、そのときはまずいことを言ってしまったなと罪悪感を感じていた。
俺はもう母に飲み込まれていた。
俺が加害者であるということ。これは思ったより深いトラウマだったみたいだ。
いま具体的に思い出せないが、カウンセリングでも加害意識の苦しみについて語った回があった。
なにか本当に苦しくなってきたのでここまでにする。
まだまだ続くし、記事は混乱したものになるだろう。あまりにも多すぎる。精神的虐待の全てがつまっていた。
あの日から今まで起きている時間全てでゆっくりとしたフラッシュバックがあり苦しい。
追記:
祖父母を殺人した少年のノンフィクション作品に「だれもぼくを見ていない」というのがある。
あれがよくわかる。いままでもわかっていたけどいまはさらにわかる。
母は俺を見ていなかった。母はトラウマしか見ていなかった。俺もトラウマに参加させられるだけだ。
こんなかわいそうな子どもがいるだろうか。
お母さんに自分を見てほしい、わかってほしいのにずっとトラウマの念仏をとなえている。
そしておれの魂は死んでいった。
俺に救いがあるんやろうか。
おれの魂は癒されるんやろうか。
だれも僕を見ていない。本当によく分かる。
追記::
いまたぶんすごい伝わらないことが怖くなっている。
このブログをはじめてしばらくして人が読んでいることがわかった。
人に伝わるのだと感動した。
今は誰にも伝わらないと思っている。そうして俺は二十代を孤独に過ごした。
また、そうなるとおれはおわりだ。受けた傷は大きい。