身辺雑記

今日はなんと一か月半ぶりにジムに行った。
水泳はまだ肩が怖くてできないからストレッチゾーンで入念にストレッチしようという気持ちで行くことにした。
家でもできてしまえることだからわざわざ行こうと思えなかったので一か月半も休んでしまった。

駐輪場で自転車を停めているときに一番よく話していたプール友達のおばちゃんとばったり出会って40分ぐらい話し込んでしまった。
そのおかげでストレッチは十分にはできなかったけど久しぶりな人と話せて嬉しかった。
他にも数人に「久しぶりやね」と声をかけてもらった。

帰宅しているときにいつものプール帰りのような心地よさはなかったものの人と話した昂揚感みたいものを感じていた。
前日には親しい友達と食事をしていて、それはそれでリラックスできるいい機会なのだが距離の遠い他人と話す刺激もいいものだなと思った。

ここ数日で一番元気になれた気がした。

帰宅してからは東京での結婚式のためにホテルの予約をしていた。
アクセス良好の四つ星ホテルを7500円で見つけれてすごい嬉しかったのだが、日付の設定を間違えていた。
正しい日付に設定するとなかなかいいホテルが見つからなくて一万円の昭和臭いホテルか一万五千円のいい感じのホテルの二択になった。
せっかくの東京で都会感を味わうべく、一万五千円のホテルにしておいた。
選ぶのに一時間ぐらいかかって疲れた。せめて景色がよかったらいいなと思う。

スピーチの原稿はまだ全く手を付けていない。
あまり早くから具体的に考えてしまうと何かのスイッチが入ってしまい、とてつもなく神経質になってしまうので、3日前ぐらいから具体的に考えようかなと思っている。
結婚式のスピーチはみんなはどれぐらい考えているんだろう。
それ用の本もあるぐらいだからけっこう考え込む人もいれば、今回の新郎の人は何十回とスピーチをしているみたいなんでそこまで考えたことはないと思う。

最近、俺はなぜ反省するのだろうと考えた。
例えばつい先日、職場の関わりのない部門ながらよく話すアラフォーぐらいの男性とある部門の女性がかわいいといったような下世話な話をした。
俺はなにか気が抜けていてすごい大きい声で話してしまって注意された。
これはたしかに多大なる実害に繋がりかねないので反省するべきなのだがおれの反省はそれだけじゃないように思う。
実害を回避するための反省プラスで「その人に引かれたくない」みたいなモチベーションの反省がある。
相手が俺のこと嫌いになったかもしれないみたいな不安が一瞬にして連鎖する。
いわゆる「愛着障害」的なものがあるように思う。
愛着障害」というのは俺はイメージでしか知らない。この言葉を知ったのは10年ぐらい前なはずで、なにか受け入れがたい感じがした。
未だにこの言葉を深く知ろうとは思えない。ただ、頭にちらつくので一度ためにブログに文字として書いてみた。

そして、仮になにか受け入れがたい特徴を発見したとして、それを何かでもって変化させ是正させようというのに注意したい。
おれは本能的にそうなりがちだけどその道はなにかよくない。
俺は変わらない。苦しくても何かを変えることによって解消することなんてないと思っている。